セグメントとは? – ビジネスの羅針盤となる基本概念
セグメント(Segment)とは、広大な市場や多様な顧客全体を、共通のニーズ、特性、行動パターンなどを持つ、より小さな、意味のあるグループに分割すること、またはそのようにして分けられた個々のグループ自体を指します。
想像してみてください。大海原に船を出すとき、目的地も定めず、ただ闇雲に進むのは非効率的で危険です。ビジネスも同様で、市場という大海原において、「すべての人」を対象にするのは、羅針盤を持たずに航海するようなものです。セグメントは、この羅針盤のように、「どの方向(顧客層)に進むべきか」「どのような航路(アプローチ)をとるべきか」を示してくれる、ビジネス戦略の基礎となる重要な考え方なのです。
特に現代のマーケティングにおいては、顧客一人ひとりのニーズが細分化・多様化しています。そのため、市場全体を均一なものとして捉えるのではなく、顧客を深く理解し、グループごとに最適な価値を提供することが成功の鍵となります。セグメントは、そのための第一歩と言えるでしょう。
なぜセグメントが重要なのか? – その目的とメリットを深掘り

市場や顧客をセグメントに分ける(セグメンテーションする)ことには、明確な目的と、それによって得られる多くのメリットがあります。なぜ多くの企業がセグメンテーションに時間と労力をかけるのか、その理由を詳しく見ていきましょう。
目的 | 詳細な説明とメリット |
---|---|
ターゲットの明確化 | 漠然とした「顧客」ではなく、「どのような属性で、何を考え、どう行動する人たちなのか」を具体的に定義できます。これにより、施策の的が絞られ、ブレがなくなります。 |
マーケティング施策の最適化 | 各セグメントが持つ特有のニーズや関心、情報収集の方法に合わせて、響くメッセージ、適切な商品・サービス、効果的な広告媒体を選定できます。結果として、マーケティング活動全体の精度と効果が向上します。 |
コスト効率の向上 | 興味を持つ可能性の高いセグメントに広告費や販促費、営業リソースを集中投下できます。これにより、無駄なコストを削減し、費用対効果(ROI)を最大化することが可能になります。 |
顧客満足度の向上 | 自分のニーズや好みに合った商品や情報が提供されることで、顧客は「自分のことを分かってくれている」と感じます。これは満足度向上に直結し、長期的な信頼関係(顧客ロイヤルティ)の構築につながります。 |
競合との差別化 | 競合他社が見落としているニッチなセグメントを発見したり、特定のセグメントに対して圧倒的な強みを持つことで、独自のポジションを確立し、価格競争に陥るのを避けることができます。 |
新商品・サービスの開発 | 特定セグメントの未充足のニーズ(インサイト)を発見することで、ヒット商品や新しい市場を創出するヒントを得ることができます。 |
このように、セグメンテーションは、単なる分類作業ではなく、ビジネスの効率化、効果の最大化、そして持続的な成長を実現するための戦略的なプロセスなのです。
セグメントの主な種類と分け方の例 – 多角的な視点で顧客を理解する
市場や顧客をどのような切り口(変数)で分けるかは、目的や扱う商材によって様々ですが、主に以下の7つの種類が用いられます。これらを理解し、組み合わせることで、より深く顧客を捉えることができます。
デモグラフィックセグメント(人口動態変数) – 「顧客は誰か?」を知る基本
- 切り口
年齢、性別、職業、所得、学歴、家族構成(独身、DINKS、子育て世帯など)、最終学歴など。 - 特徴
客観的なデータであり、例えばe-Stat(政府統計の総合窓口)で公開されている国勢調査や家計調査といった公的統計なども利用しやすく、セグメンテーションの出発点として広く使われます。多くの消費行動と関連性が高いため、基本的ながら重要な変数です。 - なぜ有効か
年齢やライフステージによって、必要とするものや関心事が大きく変化するため。例えば、教育費がかかる時期、老後に備える時期など、お金の使い方や時間の使い方が異なります。これらの基礎データは、信頼性の高い情報源から得ることが分析の精度を高めます。 - 例
「ファッション感度の高い20代独身女性」向けのコスメ、「世帯年収1000万円以上の30代ファミリー層」向けの住宅、「定年退職した60代男性」向けの趣味関連サービス。
ジオグラフィックセグメント(地理的変数) – 「顧客はどこにいるか?」を知る
- 切り口
国、地域(東日本、西日本)、都道府県、市区町村、気候(年間平均気温、降雪量)、人口密度(都心、郊外、過疎地)、文化圏、宗教、都市の発展度など。 - 特徴
地域によって気候、文化、生活習慣、価値観などが異なるため、それに合わせた商品展開やプロモーションが有効な場合に用います。店舗ビジネスや地域密着型サービスでは必須の視点であり、地域経済分析システム(RESAS)のようなツールを活用すれば、地域ごとの人口構成や産業構造、消費動向といった詳細なデータに基づいた分析も可能です。 - なぜ有効か
気候によって売れる衣料品や家電が違う、食文化によって好まれる味が違うなど、地理的要因が消費に直接影響するため。また、物流コストや法規制なども地域によって異なります。公的な地域データを活用することで、より客観的なエリアマーケティング戦略を立てられます。 - 例
「積雪地域」向けのスタッドレスタイヤや除雪機、「都市部の単身者」向けのコンパクトな家電やデリバリーサービス、「関西地方限定」の味付けのスナック菓子。
サイコグラフィックセグメント(心理的変数) – 「顧客は何を考えているか?」を探る
- 切り口
価値観(エコ、ステータス、安定志向)、ライフスタイル(アクティブ、インドア、丁寧な暮らし)、性格(社交的、内向的、新しもの好き)、パーソナリティ、趣味、興味・関心、意見(政治的信条など)。 - 特徴
デモグラフィックだけでは捉えきれない、顧客の内面的な要素に焦点を当てます。「なぜその商品を選ぶのか?」という購買動機の背景を探る上で重要です。価値観の多様化が進む現代において、特に注目されています。 - なぜ有効か
同じ年齢・性別・居住地でも、ライフスタイルや価値観が違えば、お金や時間の使い方は大きく異なるため。ブランドイメージや感情的な訴求が重要な商材で特に効果を発揮します。 - 例
「健康と環境への意識が高い」層向けのオーガニック食品やサステナブル製品、「自己投資に積極的」な層向けのスキルアップ講座や高級時計、「ミニマリズムを好む」層向けのシンプルデザインの家具・家電。
ビヘイビアルセグメント(行動変数) – 「顧客はどう行動するか?」を捉える
- 切り口
購買履歴(購入頻度、平均購入単価、購入商品カテゴリ)、製品の使用頻度・使用場面、ウェブサイトの閲覧ページ・滞在時間、情報の検索キーワード、購買プロセス(即決型、比較検討型)、求めるベネフィット(価格、品質、デザイン、利便性)、ブランドへの忠誠度(ロイヤルカスタマー、離反顧客)。 - 特徴
顧客の実際の行動データに基づいて分類します。デジタルマーケティングの普及により、オンライン上の行動履歴などが詳細に追跡可能となり、その重要性は飛躍的に高まりました。具体的で実践的な施策に結びつけやすいのが最大の利点です。 - なぜ有効か
過去の行動は未来の行動を予測する上で有力な手がかりとなるため。顧客の関心度や購買意欲の段階に合わせて、最適なタイミングで最適なアプローチを行うことが可能です。 - 例
「過去半年間購入のない休眠顧客」向けのカムバックキャンペーン、「特定の商品ページを何度も見ている」ユーザーへの関連商品のレコメンド、「高価格帯の商品を頻繁に購入する」優良顧客向けの限定特典。
ファーモグラフィックセグメント(企業属性) – BtoBマーケティングの基本
- 切り口
業種(製造業、IT、小売など)、企業規模(従業員数、売上高、資本金)、所在地(本社、支社)、設立年数、上場・非上場、導入技術、組織構造など。 - 特徴
BtoC(消費者向け)のデモグラフィックに相当する、BtoB(企業向け)ビジネスにおける基本的な分類方法です。ターゲット企業の属性によって、抱える課題や必要なソリューション、意思決定プロセスなどが大きく異なります。 - なぜ有効か
企業規模や業種によって、導入できる予算、必要とされる機能、重視するポイント(コスト、セキュリティ、拡張性など)が異なるため。効率的な営業活動やターゲティング広告に不可欠です。 - 例
「従業員100名未満の中小企業」向けの導入しやすいクラウド型会計ソフト、「大手製造業の研究開発部門」向けの高性能シミュレーションツール、「特定の業界(例:医療業界)に特化した」コンサルティングサービス。
テクノグラフィックセグメント(利用技術) – テック業界で特に重要
- 切り口
利用デバイス(PC主力、スマホ中心)、OS(Windows, macOS, iOS, Android)、利用ソフトウェア(特定のCRM、ERP、グループウェアなど)、プログラミング言語、利用クラウドサービス(AWS, Azure, GCP)、SNSの利用頻度・種類、ITリテラシーの高さ。 - 特徴
顧客がどのようなテクノロジーを利用しているか、または関心を持っているかに基づいて分類します。ソフトウェア、SaaS、アプリ、ITインフラなどのテクノロジー関連ビジネスで特に重要視されます。 - なぜ有効か
提供する製品やサービスが、顧客の既存の技術環境と互換性があるか、連携可能かなどが重要になるため。また、顧客のITリテラシーに合わせて、サポート体制や情報提供の方法を調整する必要があります。 - 例
「特定のマーケティングオートメーションツールを導入している企業」向けの連携アプリ、「スマートフォンからのアクセスが多いユーザー」向けのモバイルアプリ最適化、「特定のプログラミング言語を使用する開発者」向けの技術セミナー。
ライフステージセグメント – 人生の転機に合わせたアプローチ
- 切り口
人生の重要な節目やイベント(就職、昇進、結婚、第一子誕生、子供の進学・独立、住宅購入、転職、定年退職など)。 - 特徴
人生の転換期には、生活環境、価値観、消費行動が大きく変化することが多いため、それに合わせたアプローチが有効になります。顧客との長期的な関係を築くCRM(顧客関係管理)戦略と非常に相性が良いセグメントです。 - なぜ有効か
ライフイベントは、特定の大きな買い物(家具、家電、保険、車、住宅など)やサービスの利用(教育、旅行、資産運用など)のきっかけとなることが多いため。適切なタイミングでニーズに合った情報を提供できれば、成約に結びつきやすくなります。 - 例
「結婚を機に新居を探しているカップル」向けの住宅情報や家具の提案、「子供の教育費に関心が高まる時期の親」向けの学資保険や教育ローン、「セカンドライフを楽しむシニア層」向けの旅行プランや趣味の講座。
【重要】変数の組み合わせで顧客像を立体的に
実際には、これらの変数を単独で使うよりも、複数を組み合わせることで、より具体的でリアルな顧客像(ペルソナ)を描き出すことが重要です。「20代女性」というだけでは漠然としていますが、「都内在住(ジオ)の20代後半(デモ)、美容に関心が高く(サイコ)、SNSで情報収集し(ビヘイビアル)、月に1万円以上コスメに使う(ビヘイビアル)」のように組み合わせることで、どのような人物で、どんなメッセージが響くのかが明確になります。
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「セグメント」「セグメンテーション」「ターゲット」– 言葉の違いを正確に理解する
マーケティングの会話で頻繁に登場するこれらの言葉は、密接に関連していますが、意味は異なります。正確に理解しておきましょう。
- セグメンテーション (Segmentation)
市場や顧客全体を、何らかの共通の切り口で「分けること(動詞)」。市場を細かく見るプロセスそのものです。例えるなら、大きなケーキを切り分ける行為。 - セグメント (Segment)
セグメンテーションによって「分けられたグループ(名詞)」のこと。切り分けられたケーキのピース一つひとつです。 - ターゲティング (Targeting)
分けられた複数のセグメントの中から、自社が「狙うべきグループを選ぶこと(動詞)」。どのケーキのピースを食べるか選ぶ行為です。 - ターゲット (Target)
ターゲティングによって「選ばれた特定のセグメント(名詞)」のこと。食べることに決めた、そのケーキのピースです。
つまり、市場を分析して「セグメンテーション」を行い、その結果できた複数の「セグメント」を評価し、自社にとって最も魅力的な「ターゲット」を選び出す、という一連の流れ(STP分析の一部)の中で使われる言葉です。
効果的なセグメントの条件(4R)– 狙うべき市場を見極める指標
せっかくセグメンテーションを行っても、そのセグメントがビジネスとして成り立たなければ意味がありません。有効なセグメントかどうかを判断するために、「4R」と呼ばれる以下の4つの原則(指標)で評価することが推奨されています。
- Rank(優先順位 / Importance)
- 内容: そのセグメントは、自社の経営戦略や目標達成にとって、どれくらい重要か?優先的にアプローチすべきか?
- なぜ重要か: リソースは有限です。自社の強みを活かせるか、ブランドイメージと合っているか、競合の状況などを考慮し、戦略的に重要度の高いセグメントから攻略する必要があります。優先順位付けを誤ると、努力が成果に結びつきにくくなります。
- Realistic(規模の有効性 / Substantiality)
- 内容: そのセグメントには、十分な市場規模(人数や潜在的な需要)があり、採算が取れるだけの売上や利益を確保できるか?
- なぜ重要か: どんなに魅力的なニーズを持つセグメントでも、規模が小さすぎればビジネスとして成り立ちません。市場規模が小さすぎないか、将来性はあるか、などを現実的に評価する必要があります。
- Reach(到達可能性 / Accessibility)
- 内容: そのセグメントの顧客に対して、物理的・コミュニケーション的に、効果的かつ効率的にアプローチできるか?(商品配送、広告媒体、販売チャネルなど)
- なぜ重要か: どんなに良い商品やメッセージを用意しても、それをターゲット顧客に届けられなければ意味がありません。適切な広告媒体があるか、商品を届けられる流通網があるか、営業担当者がアクセスできるかなどを確認します。
- Response(測定可能性 / Measurability)
- 内容: そのセグメントの規模、購買力、反応(施策に対する効果)などを測定し、分析することは可能か?
- なぜ重要か: 施策の効果を測定できなければ、改善のしようがありません。マーケティング活動の成果を把握し、PDCAサイクルを回して改善していくためには、セグメントごとの反応をデータとして捉えられることが重要です。
これら4つのRを満たすセグメントは、「質の高いセグメント」と言え、マーケティング戦略の成功確率を高めます。
セグメントの活用例 – マーケティング活動への具体的な応用
セグメンテーションによって定義されたターゲットセグメントは、マーケティングのあらゆる活動の基盤となります。具体的な活用例を見てみましょう。
活用分野 | 具体的な活用例とポイント |
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広告・プロモーション | ・Web広告: 年齢、性別、地域、興味関心、検索履歴などに基づいてターゲティング広告を配信し、クリック率やコンバージョン率を高める。(例:Google広告, SNS広告) ・DM・メールマーケティング: 購買履歴やライフステージに合わせて、パーソナライズされた情報やクーポンを送付し、開封率や購買率を向上させる。 ・コンテンツマーケティング: 特定の課題や関心を持つセグメントに向けたブログ記事や動画を作成し、潜在顧客を引きつける。 |
商品・サービス開発 | ・特定のセグメントが抱える未充足のニーズ(インサイト)を深く掘り下げ、それを解決する新商品を企画・開発する。 ・既存商品を、特定のセグメント向けに機能追加やデザイン変更を行う。(例:シニア向けスマートフォン) ・価格帯や機能をセグメントごとに変えた複数のラインナップを用意する。 |
販売チャネル戦略 | ・若年層向けにはオンラインストアやSNSでの販売を強化し、高齢者向けには実店舗での対面販売やカタログ通販を重視するなど、セグメントが利用しやすい販売経路を選ぶ。 ・特定の地域や店舗で、その地域の顧客層に合わせた品揃えや販促を行う。 |
営業活動 (特にBtoB) | ・ターゲット企業の業種や規模、課題に合わせて、提案資料やトークスクリプトをカスタマイズする。 ・見込み度合い(ホット、ウォーム、コールドなど)で顧客をセグメント化し、アプローチの優先順位や頻度を調整する。 ・特定の業界知識を持つ営業担当者を配置する。 |
顧客関係管理 (CRM) | ・購入金額や頻度に応じて顧客をランク分けし、ランクに応じた特典やサポートを提供する(ロイヤルティプログラム)。 ・休眠顧客セグメントに対して、再購入を促す特別なオファーを送る。 ・顧客からの問い合わせ内容や頻度を分析し、サポート体制やFAQを改善する。 |
価格戦略 | ・価格に対する感度が高いセグメント向けには、コストパフォーマンスを重視した価格設定を行う。 ・品質やブランド価値を重視するセグメント向けには、高価格帯でも付加価値を訴求する。 |
このように、セグメントの考え方は、マーケティングのあらゆるタッチポイントで活用され、顧客一人ひとりに寄り添った、より効果的で効率的な活動を実現します。
まとめ:セグメントは、顧客を深く理解し、ビジネスを成功に導くための羅針盤
セグメントとは、多様化する市場と顧客を理解するための強力なツールであり、効果的なマーケティング戦略を立案・実行するための出発点です。
適切なセグメンテーションを行い、自社にとって最も価値のあるターゲットセグメントを見つけ出すことで、
- 顧客のニーズに的確に応え
- 限られた経営資源を最も効果的な場所に集中させ
- 競合他社との差別化を図り
- 結果として、顧客満足度の向上とビジネスの成長を実現する
ことができます。
市場環境や顧客のニーズは絶えず変化しています。一度設定したセグメントが永遠に有効とは限りません。定期的に市場調査やデータ分析を行い、セグメントを見直し、常に最適な状態にアップデートしていくことが、変化の激しい現代においてビジネスを成功させ続けるために不可欠です。
セグメントの考え方を理解し、実践することで、顧客中心のマーケティングを実現し、ビジネスの可能性を広げていきましょう。